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福岡高等裁判所 昭和52年(ネ)11号 判決 1978年7月10日

控訴人(附帯被控訴人) 信用組合福岡興業

右代表者代表理事 鹿毛一人

右訴訟代理人弁護士 古賀誠

被控訴人(附帯控訴人) 梶山金太郎

主文

一  控訴人(附帯被控訴人)の本件控訴を棄却する。

二  被控訴人(附帯控訴人)の本件附帯控訴に基づいて、原判決を次のとおり変更する。

三  被控訴人(附帯控訴人)は控訴人(附帯被控訴人)に対し、金五〇万円及びこれに対する昭和五二年四月二七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

四  控訴人(附帯被控訴人)のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は第一、二審を通じこれを三分し、その一を被控訴人(附帯控訴人)の負担とし、その余を控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。

事実

(申立て)

一  控訴

1  控訴人(附帯被控訴人、以下、単に控訴人という。)

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人(附帯控訴人、以下、単に被控訴人という。)は控訴人に対し、金二八七万五、四六六円及びこれに対する昭和五二年四月二七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決(当審において請求の趣旨を減縮した。)

2  被控訴人

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

との判決

二  附帯控訴

1  被控訴人

原判決中、被控訴人敗訴部分を取り消す。

控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

との判決

2  控訴人

本件附帯控訴を棄却する。

附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。

との判決

(主張及び証拠関係)

当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

1  原判決四枚目表三行目の「本件土地」から同一一行目の末尾までを削る。

2  原判決六枚目表三行目の「9 よって」から同六行目末尾までを次のように改める。

9 控訴人は、かねて福岡地方裁判所に本件土地の競売申立てをしていたが(同庁昭和四九年(ケ)第八七号)、本件土地は金二二二万円で競落され、控訴人は、昭和五二年四月二六日配当金として金二一二万四、五三四円を受領したので、これを控訴人の林義男に対する各債権の昭和五一年一月九日までの損害金に充当した。したがって、控訴人が林に対して有する債権額は、元金三七九万五、〇〇〇円とこれに対する昭和五一年一月一〇日から完済に至るまでの年一八・二五パーセントの割合による損害金である。

10 本件土地の価格は、現況が道路でなく山林であったならば、金五〇〇万円を優に超えるものであったから、控訴人は本件根抵当権の実行により金五〇〇万円の優先弁済を受くべきところ前項記載のとおり金二一二万四、五三四円の配当を受けるにとどまったので、その差額金二八七万五、四六六円が不実の本件地形図を信頼したことによって控訴人が被った損害である。

11 よって、控訴人は被控訴人に対し、右金二八七万五、四六六円及びこれに対する前記配当期日の翌日である昭和五二年四月二七日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

3  原判決七枚目表四行目の次に次のように加える。

8 同9項の事実中、控訴人が昭和五二年四月二六日金二一二万四、五三四円の配当金を受けたことは認め、その余は否認する。

9 同10項の事実は否認する。

4  《証拠関係省略》

理由

一  控訴人及び被控訴人の地位

請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二  控訴人と林との間における信用組合取引契約等の締結

請求原因2の事実は、当事者間に争いがない。

三  右信用組合取引契約等の締結の経緯

《証拠省略》によれば、

控訴人と林との金融取引は、昭和四七年七月に始まったが、同月末ころ、控訴人は、林から本件土地(当初は共有持分二分の一)を担保に提供するから金二〇〇万円程度の範囲で金融取引に応じてもらいたい旨の申込みを受け、本件土地の担保価値次第では右申込みに応じる積りでその調査にとりかかったこと、控訴人は、林に本件土地の登記簿謄本と司法書士か土地家屋調査士の作成した字図の写しの提出を求めたところ、林は、同年八月七日右登記簿謄本と本件「地形図」とを提出したこと、控訴人の北野支店長である山手志郎は、同日、林及び同人から保証人となることを依頼されていた古賀一とともに、本件土地の実地見分に行ったところ、土地の現況はみかん畑であり、近所は点々と家が建ち始めた耕作地で坪当たり金二万円程度の価値があると推測され、本件土地は約四〇〇坪あるから林の持分二分の一としても金二〇〇万円の融資の担保物件としては一応十分であると考えられたこと、しかし、控訴人は本件土地が林と藤原ミユキとの共有関係にあることを問題にし、これを分筆して林の単独所有となった部分を担保に提供するか、あるいは、林が右藤原から他の持分も取得して本件土地全部を担保に供するかのいずれかを求めたこと、林は、後者によることとし、控訴人から右持分取得のための資金を含めて融資の範囲を金四〇〇万円に増額してもらい、直ちに藤原と交渉してその持分を取得するとともに本件土地全部を控訴人に提供したこと、そこで、控訴人は、右担保のほかに前記古賀一と永田義次とを連帯保証人として林との間に信用組合取引契約を締結したこと、

以上の事実を認めることができる。

四  控訴人の林に対して有する債権額等

《証拠省略》によれば、福岡地方裁判所に本件土地の競売の申立てがされたころ、控訴人は、原判決添付の債権目録記載のとおりの債権元本及び遅延損害金の支払請求権を林に対して有していたこと、右債権は極度額金五〇〇万円の範囲内で本件物件に対する根抵当権によって担保されていたことを認めることができる。

そして、《証拠省略》によれば、

控訴人は、林が支払をしないため、右根抵当権を実行すべく競売の申立手続に必要な公課証明書を取り寄せたところ、本件土地が書類上道路になっていることを発見し、更に所轄法務局においてその字図を調査したところ、本件土地は本件「地形図」に記載のある位置とは全く異なっており、原判決添付の「字図写」のとおりすべて道路になっていること、本件「地形図」中で本件土地(一四八四番一)とされている部分は本件土地と異なった地番(一四九四番一)の土地であることが判明したこと、控訴人は、やむなく昭和四九年四月二二日本件土地について福岡地方裁判所に競売の申立てをし、昭和五二年四月二六日配当金として金二一二万四、五三四円を受領し(この点は当事者間に争いがない。)、右配当金を本件債権の昭和五一年一月九日までの各損害金に充当したこと、その結果、控訴人は林に対し、元金三七九万五、〇〇〇円及びこれに対する昭和五一年一月一〇日から完済に至るまで年一八・二五パーセントの割合による遅延損害金の債権を有していること、

以上の事実を認めることができる。

更に、《証拠省略》によれば、林は、別に刑事事件を起こして服役中であり、これといった資産も持っていないこと、連帯保証人である古賀一は無資産で課税対象となりうるほどの所得もなく、同じく永田義次は本件取引契約締結時に居住していた久留米市の住民票から昭和四九年一〇月二九日には職権抹消されており、行方不明であることを認めることができる。

五  本件「地形図」が作成された経緯

《証拠省略》を総合すると、

林は、前記認定のとおり本件信用組合取引契約の締結に当たり本件土地の字図の写しの提出を求められたため、昭和四七年八月一日、本件土地の持分二分の一の移転登記手続を依頼した関係から知り合った被控訴人の事務所に右字図の写しの作成を依頼したが、被控訴人はたまたま出張中であり、同事務所で留守番をしていた同人の妻マサヨがその依頼を受けたこと、マサヨは、字図の写しを自ら作成することはできなかったけれども、字図の写しは司法書土や土地家屋調査士が法務局において写しを作成し、右有資格者の認証を付して交付するものであることを知っていたので、かねて付合いのある日野土地家屋調査士事務所に同日直ちにその作成を依頼したこと、日野土地家屋調査士の妻昌子は、本件土地とその近隣の土地とを一枚の紙に甲第四号証のように詳細に記入し(その紙質がどんなものであったかは判然としない。)、これに同事務所の「地形図」という印章と方位図とを押印し、同女の息子である日野広行が土地の所在を記入したこと、日野昌子はこれを梶山マサヨに交付し、マサヨは右字図の写しを八月一日中に林に交付するとともに、金三四〇円を同人から受領し(甲第二号証の「七日」は「一日」を訂正したものと認められる。)、これを日野昌子に交付したこと、本件「地形図」に記載されているのは一四九四番一の土地とその近隣の土地数筆にすぎず、一四八四番一の土地は記載されていないこと、本件「地形図」の右下欄には被控訴人事務所のゴム印と職印(これらは被控訴人が事務所にいる場合には机の上に置かれていた。)とが押捺されていること、本件「地形図」と法務局備付けの真正な字図の写しとを対照すると、原判決添付の「地形図」と「字図写」のとおり、一四九四番一、一四九四番三と表示されるべき二筆の土地が、それぞれ一四八四番一、一四八四番三と誤って表示されていること、

以上の事実を認めることができる。

右認定の諸事実及び本件「地形図」を利用して林がとった前記認定の行動等を総合して判断すると、林は、梶山マサヨから交付を受けた前記字図の写しを参考にして、本件「地形図」の原図を偽造し、これを複写したうえ、昭和四七年八月二日から同月七日までの間に被控訴人事務所に赴いて、事情を知らない被控訴人にゴム印と職印とを誤って押捺させたか、あるいは、被控訴人事務所の机の上に置かれていたゴム印と職印とを何らかの方法で盗用し、これを右複写した地形図の写しに押捺し、本件「地形図」を作成したものと認定せざるをえない(林が被控訴人事務所の鍵をこじ開けて不法侵入をした事実を認めるに足りる証拠はない。)。

《証拠判断省略》

なお、原審証人日野広行は、「本件「地形図」の地番のうち、一四八四番一、三及び一四の三か所と土地の所在を記載した部分とは自分が記載したものである。」旨証言しているけれども、他方、同証人は、「本件「地形図」の原図に記入した記憶はないけれども、筆跡からみて自分が書いたものと思う。」、「被控訴人から自分が記載した図面であることを認める文言を右図面(乙第一号証)に記入するように依頼され、かつ、筆跡が自分の書いたものと思ったので本件「地形図」のコピーにその旨記載した。」旨証言しているのであって、日野広行自身自分の書いたものであるという確信を持っているわけではなく、《証拠省略》も右認定の妨げとなるものではなく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

六  被控訴人の責任

司法書士たるものは、常に司法書士業務が適正に行われるよう書類の作成に当たっては細心の注意を払うとともに、自己の印章の管理についても留意すべき注意義務を負っているものといわなければならない。しかるに、被控訴人は、林の差し出す本件「地形図」の原図の写しの真否を何ら確認することなく漫然と同書面に被控訴人事務所のゴム印と職印とを押捺したか、あるいは、たまたま事務所に来訪していた林によって事務所のゴム印と職印とを盗用されてしまったのであり、被控訴人には書類作成上の過失若しくは右ゴム印及び職印の管理義務違反の過失がある。

そして、司法書士が作成した字図写しは、不動産の金融取引にしばしば利用されるが、右司法書士の字図写しの作成は他の一般私人の作成したものと異なり、それが特別の資格を有する者の許可業務の一環として作成されたものなるが故に、関係当事者はその正確性に相応の信を措いてこれを利用するのが通常である。したがって、誤った字図写しに司法書士事務所の印章が押捺され、これが不動産の金融取引に利用された場合には、円滑な該取引に支障を来たし、関係当事者は意外の損害を被るであろうことは、容易に予測できるところであるから、被控訴人の前記過失と控訴人の被った後記損害との間には相当因果関係を肯認することができる。

よって、被控訴人は、民法第七〇九条により、控訴人の被った後記損害を賠償すべき責任がある。

七  控訴人の被った損害

控訴人が林に対して金五〇〇万円を下らない債権を有していることは前記認定のとおりであり、《証拠省略》によれば、本件土地が道路でなく山林であったとすれば、金五〇〇万円を下らない価額で競落されたものと認めることができる。

しかるに、控訴人は、前記認定のとおり金二一二万四、五三四円の配当を受けたにとどまったのであるから、控訴人が不実の本件「地形図」を信頼したことによって被った損害は、右差額の金二八七万五、四六六円となる。

八  過失相殺

当裁判所は、本件信用組合取引契約等の締結に当たり、控訴人にも相当の過失があったものと認める。

その理由は、原判決理由説示九の第一及び第三(原判決一七枚目裏二行目冒頭から同末行まで及び同一八枚目表一二行目冒頭から同裏七行目末尾まで)と同一であるからこれを引用する。

以上認定の諸般の事情、とりわけ、控訴人の右過失及び被控訴人の前記過失を考慮すると、控訴人は被控訴人に対し前記損害額金二八七万五、四六六円のほぼ二割に相当する金五〇万円の損害賠償請求権を有するものと認めるのが相当である。

九  結論

以上によれば、控訴人の本訴請求は、被控訴人に対し金五〇万円及びこれに対する前記配当期日の翌日である昭和五二年四月二七日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却すべきである。

よって、控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却し、被控訴人の本件附帯控訴は一部理由があるから、右と異なる原判決をその限度で変更し、訴訟費用の負担について民訴法第九六条、第八九条、第九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高石博良 裁判官 鍋山健 原田和徳)

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